3.スピーカーのレイアウトの検討-どの「Auro-3D環境」を構築するか
この章の内容は、前章の「部屋の決定」と密接に関係しています。つまり、「部屋を決めてからSPの数と場所を決める」のか、「スピーカーレイアウト=SPの数=Auro-3Dのグレード=を決めてから、部屋を構築する」のかはどちらでもよく、優先順位はあなた次第です。部屋のサイズ・形状と、スピーカーレイアウトは、理想を追求するのであれば、どちらも相互に密接に関連するのです。
まずは、『マニュアル』の2 「Auro-3D🄬の音声フォーマットとスピーカー構成」(9-11ページ)を見てください。ここには、不親切にも(笑)何の説明もなく「HLs」などの英語の略号が散乱していますから、まずはここから。
Auro-3Dでは、第二層のスピーカー群のことを、「Height(ハイト)スピーカー」と呼んでいます(Dolby ATMOSでは、この同じ第二層を、「Topスピーカー」と呼んでいて、後述しますが少々混乱しやすいです)。ゆえにこの「H」が最初についている略号は、ハイトの意味です。つまり、「HL, HR, HC」はそれぞれ、ハイトレフト、ハイトライト、ハイトセンターです。同様に、「HLs, HRs」はそれぞれ、ハイトレフトサラウンド、ハイトライトサラウンドです。
さらに「T」というアルファベットがありますね。これは、「Top」の略号です。Auro-3Dにおける正式名称では、第三層のスピーカーの正式名称が「Top」となっていて、ここがATMOSでは第二層のスピーカー群を指す呼称となっているため、混乱しやすいのです。先に書きましたが、この『入門』では、このような混乱を避けるため、「T」ではなく、「VOG」(Voice of God)と表記していきます。
3-1. 私<Auro3D>がお勧めする、Auro-3D用スピーカーレイアウト
さて、ご覧になってお分かりのように、3層構造と一口に言っても、様々なスピーカーレイアウトの可能性があります。これらに対し、『マニュアル』2.1(10-11ページ)にはAuro-3Dの開発側による、「推奨」「ノーコメント」「非推奨」の3段階の評価が示されています。同2.2(12-14ページ)には、「推奨」の各フォーマットの設置模式図が掲載されています。
しかし、私<Auro3D>としては、Auro-3Dが「推奨」と認定しているいくつかのレイアウトの中でも、敢えて皆さんにお勧めしないものがあります。その理由は、決して私の独断と偏見から来ているものではなく(汗)、複数の業界関係者の方との議論(もちろん、自分の経験も含まれます)の中にあります。
それは、「ATMOSの後塵を拝したAuro-3Dは、先行してすでに普及しているATMOSとの互換性を無視するわけにはいかなかった」という<大人の事情>があるのだそうです。
見比べていただければ明らかですが、ATMOSに無くて、Auro-3Dだけに配置の規定があるSPは二つあります。一つは、HC、つまり、センターハイトSP。もう一つは、第三層(ATMOSは二層構造)のT、つまりVOGですね。
これらは、いくつかあるATMOSとのSPレイアウト上の違いの一つですが、もちろんAuro-3Dは音響理論的な必要性(後述)を認めて定義しているわけであって、車の色やデザインのように、「単に差別化を図るため」ではありません。それゆえ、これらのSPはある意味、Auro-3Dの音響理論の中核を形成している、とすら言う事が出来ます。
しかし、Auro-3Dが登場したとき、市場ではすでにATMOSが席巻し、常に最先端を求める熱心なAVファンはATMOS用にスピーカーを配置し終わっていたわけです。そこに後発なのに「ATMOSのSP配置では不十分です。こことここにもSPを配置してください」といえば、Auro-3Dの魅力的なNativeソフトがまだ少なかった当時では、多くのAVファンが「そんなめんどくさいことをしなければならないのなら、ソフトの少ないAuro-3Dなんかやらない」と言い出すのを恐れたわけです。
ゆえに、Auro-3Dは<大人の判断>で、Auro-3Dの音響理論の中核を形成しているこのHCとTが無い、「ATMOS配置のままでも、Auro-3Dは十分に楽しめますよ」とアピールせざるを得なかったと、先の業界関係者は明かしてくれました。だから、HCとTがないレイアウトでも「推奨」としたり、「非推奨」とは書かないのは、決してAuro-3D側の本音ではなく、こうした「大人の事情」だということです。
この『入門』では、そのような忖度無しに(笑)、ベストのAuro-3D環境を追求していますから(妥協案は後述)、その観点からもう一度、10-11ページにある星取表を見ると、「推奨」となっている「Auro 9.x」、それから、「ノーコメント」(笑)となっている、「Auro 10.x」、「Auro 11.x(7+4)」の三つは、私<Auro3D>的にはお勧めいたしません。理由は単純、HCかT(または両方)が定義されていないレイアウトだからです。
つまり、私<Auro3D>の推奨する、「Auro-3Dを十全に堪能できる」SPレイアウトは、「Auro 11.x」か、「Auro 13.x」かのいずれか、ということになります。
3-2. なぜ、HCとT(VOG)が重要なのか?
これは、「Auro3D教」という宗教ではありませんから(笑)、「私の言うことに盲目的に従え!」というつもりはありません。ゆえにここでは、拙いながらも私が専門家と議論し納得した(そして自分でも実験を繰り返しその必要性を確信している)、HCとVOGがAuro-3Dの構築する音響空間になぜ欠かせないのかを説明したいと思います。
まず、一般論として、Auro-3Dは、他のイマーシブフォーマットに比して、前方からの音を重視しています。これは、他のフォーマットは映画音再生を重視しているため、「音が前後左右上下に散らばっている」ように聴こえることを重視しているのに対し、Auro-3Dは(主観では=笑)音楽再生を重視しているため、「音楽が自然に聴こえるよう、フロント側の音質・音場・音像の質を上げる」ことに注力しているからだと思います。
この方針の違いが、フロント側に6台と、ATMOSの5台より1台スピーカーが多い配置の定義の違いとなっているのです。
もちろん数だけの問題ではありません。第一層のLCRが最重要というのは、Auro-3DもATMOSも同じですが、それを「総二階建て」にしろというのがAuro-3Dです。このフロントスピーカーを第一層と第二層に各3台ずつ、「垂直の壁」のように設置することは、Auro-3Dのスピーカー配置のキモです(設置方法の注意点などについては詳しくは後述します)。ここで特に強調しておきたいのは、この壁のようにSPを配置することで、「平面波」を作り出すことをAuro-3Dは狙っているという点です。
音というのは空気の波であることは前述しましたが、これは水面に石を落としたように、同心円状に広がる性質を持ちます。つまり、SPからの音は、前だけでなく横や後ろにも出ているということです。もちろん、スピーカーシステムはバッフル面とかスピーカーの形状などを工夫して、SP前方にあるLPに対して効率よく音波が届くように設計はされており、その効果は特に高域に行くほど高いのですが、波長の長い低域ではどうしても音は丸く広がっていきます(球面波というそうです)。球面に拡散していくので、スピーカー正面にあるLPに届く音波のエネルギーは元のエネルギー(スピーカーユニットを動かしたときに使ったエネルギー)よりかなり減衰してしまいます。これは中高域に比してビームの方向を絞りにくい低域ほど顕著になります。つまり、我々が普段スピーカーから出ている音を聴く場合、低域に関してはかなりエネルギーロスをした、投入したエネルギーの割には小さな音量の低音を聴かされているのです(このため、AVアンプのf特補正では、低域を持ち上げていることがほとんどです)。
しかし、同じ球面波を、複数カ所で同時に発生させると、音波の相互干渉が生じて、単一音源であれば左右に逃げていく音波が、ぶつかり合って前に進む現象が起きます。これを「平面波の形成」というそうです。試しに、お風呂に入った時に水面で実験するとこの現象が確認できると思います。水面は二次元ですが、空間は三次元なので、「平面波」現象は、左右だけでなく上下も、つまり三次元空間で発生します。
この「平面波」の形成には、SP間に適切な距離が保たれていることが重要です。ここで前章で触れた、「SPの大きさに応じた適切な距離」という概念が理解できると思います。つまり2chでもLR間に適切な距離を取ることで「平面波」風のものが形成されることが重要で、SPのサイズに比して離れすぎていると、いわゆる「中抜け」という現象になってしまいます。
話をAuro-3Dに戻すと、Auro-3Dでは、このフロント側の6本のSPで、リスナーの前に巨大な三次元の「平面波」を作ることを狙っているため、この「平面」に「穴」を空けないよう、HCを入れているのです(これはもちろん、「センターレス」と言われる、フロントをLRだけで構成するのがなぜAuro-3Dの『マニュアル』では<すべて非推奨>なのかの理由の一つでもあります。音楽だけでなく、映画もマルチスピーカーで楽しみたい(多くは、ATMOS?)方は、センタースピーカーがスクリーンやTV画面に干渉するのを嫌って、止む無く「センターレス」にしておられると思いますが、センターSPとスクリーンなどについての「共存方法」については、いくつかの実践例を後ほどご紹介したいと思います)。
普段聴きなれている2chソースを、前方に6台のフルシステムを備えたスピーカーレイアウトで、Auro-Maticという「疑似Auro-3D化」するUpmixで再生したことがある人は、急に低音が良く響くようになることに驚かれた経験がある方は少なくないでしょう。ここまで読んでこられた方は、これは、Auro-Maticが低域をブーストするように作られているからではなく、「平面波」が形成されたことでそれまで左右上下に逃げていた低域のエネルギーがLPに向かったためにおこる現象だということが、納得できたと思います。「平面波」は、SP間の距離を短くすれば、中低域でも形成することが可能なので、HCをちゃんと入れて、前方の6台のSPが1.5-2Mぐらいの間隔で「スクラム」を組むことができていれば、ボーカルなどの実体感も増すことに気がつかれるでしょう。
実は、HCを入れることできれいな「平面波」を形成することのもう一つ重要なメリットに、「奥行き感の創出効果」があります。人間が音の遠近感を感じるメカニズムには、音の大小とともに、二つある耳に届く音の時間差によって、届いている音が「平面波」なのか「球面波」なのかを聴き分けることも入っているそうです。音というのは、発生源から、風船が膨らんでいくように球面に広がっていくわけですが、発生源から遠くなればなるほど、球の半径が長くなるため、左右の耳に届く音の時間差が無くなっていきます。つまり、左右の耳の幅が15センチあるとして、音源との距離が1Mしかない場合は、顔の向きに拠っては最大15%(1Mに対し、1.15M)の音波の届く「時間差」ができますが、これがもし、10M離れていると、球が大きくなるので、最大でも1.5%しか音波の届くタイミングがずれないことになります。つまり、10M離れた場所における音波は「平面波」に近づくということです。
人間の耳は、この左右の耳に届く時間差の大(=球面波)と小(=平面波)を聴き分けることによって、音の発生源が近いか遠いかを判断する材料にしているというわけです。
この原理を理解すれば、Auro-3Dが遠近感を創出しやすいことがわかると思います。つまり、Auro-3Dは上述したように平面波を作りやすい構造になっているため、音響エンジニアが例えば「遠来の雷鳴」であることを演出したい場合は、フロントの6台すべてにその音を入れることにより、「雷鳴」の平面波を作ればよいわけです。もしこれが、極端に言えば、1chシステムであるとすると、「遠来の雷鳴」も「直近の雷鳴」も、一つのSPから出る「球面波」になってしまうため、遠近感が損なわれてしまうのです。
最後にHCを入れるメリットはもう一つあります。それは、言うまでもなく、上方の音像定位感が増す、ということです。HCレスの場合は、Auro-3DのフォーマットによってHCに振られている音は、HLRによるファントム再生となるわけですが、ファントムはあくまでも「幽霊」であり、(足のある=笑)「生身・実体」とはそのリアリティに置いて比べるべくもありません。しかも、例えば、録音エンジニアが、CとHCの間に音像をファントム定位させようと思って、CとHCにそれぞれ同じ音成分を振った場合、HCレスだと、「ファントムHC」とCとの間の「ファントム」定位ということになります。つまり、幽霊を利用して、さらに幽霊を作ることになり(笑)、定位感が大きく損なわれることは言うまでもありません。
上方の音の定位感というのは、普通のクラシックなどの再生音だとあまり重要ではない(普通のオケだとその位置に「楽器」はないため)ように感じられるかもしれませんが、意外にAuro-3Dの録音現場では重要だそうです。まず第一に、バンダや合唱などがオケより一段高いひな壇に配されている演奏は少なくありません。私<Auro3D>が最近聴きに行ったベルリオーズの『レクイエム』でも、オケよりかなり高い「バルコニー」?のような位置に、バンダのトランペットやトロンボーンが配されていました。このような曲をAuro-3Dで再生する場合、HCレスでは、せっかくのバンダからの強烈なトランペットの咆哮が、ボケたものになってしまい、音楽的な感動が薄れかねません。
また、このような実体的に高い位置に楽器が無い演奏でも、実は音響効果を重視した多くのコンサートホールでは、オケの上部に反射板のようなものを設置して、上方に逃げていく音を客席の方に向けるような仕組みになっているところは少なくありません。このようなホールで聴く交響曲などが、「高さ感」に優れるのはこのためで、つまり、このようなホールでは、上方に強力な「一次反射」ポイントがあり、そこからの音もかなり我々の耳に入っているのです。HCがあれば、この「一次反射」音をより正確に再現することができる、というわけです。
次に、Auro-3Dにおける、VOGの役割について、説明したいと思います。
原文のGuidelinesの7ページには、「頭上を飛行機が通るような絵」が描かれていますが、実は、現状、VOGに音情報が入っているAuro-3Dのソースは、ほとんどありません。一般に入手可能な映画や音楽のソフトで、私が持っているものの中で、VOGに音を振ってあるAuro-3Dフル13ch版になっているのは、『Twister』という映画のBDソフト(ただし、海外輸入版)しかありません。はっきり申し上げれば、今後はともかく、現状のAuro-3Dソフトを再生することだけを考えれば、VOGを設置することは無駄の方が多い、ということになります。
VOGをAuro-3Dが設計段階で組み入れた理由は、Auro-3Dが規定する第二層のハイトスピーカー群の高さ(角度)が25-40度(『マニュアル』p.21の「仰角」)と、ATMOSが規定する、トップフォーワードスピーカー(TFw)の30-55度や、トップバックワードスピーカー(TBw)の35-60度に比して低いため、VOGなしだとATMOSに比して頭上に音の空白エリアができてしまうからだそうです。もちろん、Auro-3Dの第二層がATMOSに比して低め、つまり第一層と第二層が比較的離れないように規定されているのにはもちろん音響的理由があり、それは、第一層と第二層の間に音空間の連続性を保てることで、さらに先の「平面波」の形成とも関係してきます(離れすぎていれば「平面波」に穴が開く)。
では、現在流通しているAuro-3Dの音源(映画含む)にVOGを使ったものが非常に少ないということは、そこまで上方の空間を音で満たさなければならないようなコンテンツが無いのではと思われるかもしれませんが、実際には尖塔の教会で録音されたオルガンや合唱のような(お勧めソフトについては後程紹介します)、Liveであれば「頭の上から音が降ってくる」ことが実感できる音源のものが多数あります。
実は、Auro-3Dをデコードするソフトには、Auro-MaticというUpmixコーデックが組み込まれていますが、このAuro-Maticは、オリジナルソースが2chでも、5chでも、組み込まれているAVアンプが規定する最大のAuro-3Dフォーマットに拡張して再生するようなアルゴリズムになっています(AVアンプの独自のコントロールが入っているものもある可能性はあります)。もちろん、9chなどのミニマムのAuro-3Dネイティブソフトの再生に際しても、もし、AVアンプ側が13chのフルスペックに対応していれば、13ch化して出力してくれます。つまり、VOGをハンドルできるAVアンプで、VOGを設置していれば、Auro-MaticでもAuro-3DでもVOGから音が出ているということです。
この効果がどれほどのものかは、実際に聴いたことの無い方には、「想像してください」というしかありません。東京の関口教会とか、イギリスのセントポール大聖堂、バチカンのサンピエトロ寺院などでオルガンや合唱などを聴いたことのある人は、「上から音が降ってくる」という表現が大げさなものではないことがお分かりになられると思いますが、VOGがあるAuro-3D(Matic)による再生音は、この音場感をかなりリアルに表現できます。私が第一章で<あなたのAuro-3D度チェック>をしたのは、「音が前からだけ来る、残響音の少ない音場感が好き」か、「囲まれるような音場感が好きか」を見極めるためでした。そして、このVOGこそが、「囲まれ感」創出のカギを握っており、その意味では、「Auro-3Dのカギ」の一つでもあるのです。
もう一つ、「本来は」VOGには重要な役割があります。ここで「本来は」と書いたのは、前述のように、現状、VOGに音が振ってあるソフトが極めて少ないからです。その「重要な役割」というのは、前方上方の音像定位感を補強する役割です。
この役割は、残念ながらAuro-Maticでは発揮されません。オリジナル状態からVOGに音が振ってあるソフトだけに期待できる役割です。つまり、13ch(または11ch)で録音・再生できる音源でなければ、この効果は発揮できません。
実は、私<Auro3D>は、この13ch音源をいくつか聴くことができます。それは、WOWOWという衛星放送局が実験的に取り組んでいる、Auro-3Dのストリーミング再生のテスターの一人として、特別にいくつかの音源にアクセスさせていただけるからです(詳細は後述します)。
残念ながら現時点ではまだ市販されていませんが(ご関心のある方は、是非WOWOWに市販の可能性・時期などを問い合わせてみてください。https://www.wowow.co.jp/support/contact/entry.php 問い合わせが多ければ多いほど、事業化の可能性が高まりますので!)、この音源の中には、関口教会で録音されたマリンバの演奏とか、サンピエトロ寺院で録音された、合唱付きオーケストラ曲(ベルディの『レクイエム』など)があり、私は、これらの13chフルスペックのAuro-3Dによる再生音を、VOGの有り・無しで聴き比べたことがあります。
一般の音楽の場合、「前方上方」には何かの楽器が配置されているわけではありませんが、大きなドームのようなところでの演奏の場合は、一次反射音がそこに存在します。この反射音の明確な存在感が、VOGの有り・無しでははっきりと違ってくるのです。
これは、映画などで、前方上方からの、例えば射撃音などが入っているようなものであれば、もっとはっきりするでしょう。『マニュアル』にあるように、ATMOSと違って、Auro-3Dはチャンネルベースですから、前方上方(ハイトスピーカーとVOGの間)に音を定位させる場合、Auro-3Dが定義する「正しい位置(角度)」にすべてのSPが設置されていなければ、そもそも「そこから音が出せない」わけですから。
つまり、確かにVOGを使うソースの少ない現状では、VOG設置の意義は薄いかもしれませんが、すぐ近い将来に(Hopefully!)、13chフルスペックの映画ソフトとか、音楽ソフトが流通するようになる時に備えて(!)、今、あなたがAuro-3D用の部屋を作りスピーカーレイアウトを検討しているのであれば、LPの真上にも是非、最低でも配線だけはしておくことを強くお勧めします。
3-3. 11.1か、13.1か?
さて、3-1で、私<Auro-3D>が推奨する、Auro-3D用SPレイアウトは、11.x(5+5+1)か、13.x(7+5+1)の二択であると断言しました。その理由は前節で述べましたが、では、この二つの違いは何なのでしょうか?単純にレイアウト図を見れば、サラウンドバックの二台(LRb)の有無ですね。『マニュアル』17ページの図2にその配置の一例が掲載されています。Auro-3Dが規定する、厳密な角度については、21ページの表3にあります。
この表の「標準」と書かれている数値を見ると、サラウンドは110度、サラウンドバックは150度とあり、これは第一層が5ch配置(11.1ch)でも、7ch配置(13.1ch)でも変わらないようです。
これだけを見れば、部屋の形状・大きさという観点から第一層を5chか7chにするかは、LPの後ろの空間がどれだけ取れるかによる、と言えましょう。
しかし、実践的には、第一層を5chにする場合と、7chにする場合では、サラウンドSPの位置は変えるべきだ、というのが私の経験と専門家からのアドバイスの中で得た結論です。
以下の写真は、Bob James Trioの『Feel Like Making Live!』というアルバムの、ブルーレイ版に作られた、ライナーノートです。この最後の4ページをお書きになったのは、文末にCreditがあるように、Hideo Irimagiri, 3D Immersive Sound Creator です。実はこの方、先に触れましたWOWOWのエグゼクティブ・クリエーター、入交英雄さんのことです。私はこの方とはWOWOWの主催するスタジオツアーで知り合い、その後偶然にも私の別荘と彼のご自宅が比較的ご近所ということから、何度か行き来をするというお付き合いをさせていただいています(ある意味、この『入門』の筆者が私<Auro3D>であることのAuthorizationを、彼とのご交誼がしてくれています=笑)。

さて、この最後のページにあるFigure6とFigure 7を見比べてみてください。Figure 6は正規の5ch配置の角度を保って描かれていますが、7ch版のFigure 7は、サラウンドSPがLP真横の90度、サラウンドバックSPが135度の位置に描かれており、いずれもAuro-3Dの「標準」値からは離れていることがわかると思います。私はこのレイアウトを、「入交セッティング」と呼んで、自身でも実践しています。
なぜこの配置が、7chに於いて「標準」配置より優れていると入交氏(と私)が考えているかというと、『マニュアル』の20ページの図8にあるような配置では、LPより「前に3台、後ろに4台」のSPがありますよね。私は先に、「Auro-3Dはフロント(前からの音)重視である」と書きました。でもこのSPの配分だと、まるで後ろからの音の方を重視しているような感じがしませんか。
実際にAuro-3D他の様々なマルチ録音を手掛けてこられた入交氏によると、「人間は前の音の定位に関しては敏感だが、後ろの音の定位に関しては鈍感だ」そうです。この「標準」配置だと後ろに4台もあるわけですから、後ろの音の定位をミキシングで操作しやすいのは事実だそうですが、実際にはそれをやっても人間には聴き分けられないため、「無駄な努力」になってしまうわけです。
しかも、これが映画の効果音(足音など)ならまだしも、最初に強調したように、Auro-3Dは音楽再生に特色のあるフォーマットです。音楽は余程特殊な録音をしているもの(Pink Floydの『狂気』のように)以外は、前方から音が来るのが普通ですよね。クラシックであれJazzであれ、我々が音楽に向き合う時はフロントの音に注意を向けます。もちろん、サイドやリアからの反射音はありますが、それはそこまで定位感や実体感が重要な音ではなく、いわゆるAmbient(環境)音なわけです。それであれば、2台で十分でしょ、というのが、この「入交セッティング」のポイントの一つです。
この「入交セッティング」のもう一つのポイントは、サラウンドを90度の位置に置くことで、30度にあるLRとサラウンドLRの開き角が60度に狭まります。入交氏によると、「音像定位を明確に知覚できるスピーカーの開き角は60度が限度」とのことで、つまり、90度の位置にサラウンドを置くことで、LRとサラウンドLRの間に、精密な音像定位を設計できるようになるわけです(ちなみに、ATMOSでは、LRとサラウンドとの間に、「フロントワイド」と呼ばれるSPを定義して、民生用の第一層はMax9ch配置を推奨しています)。そのため、90度にサラウンドを置くと、楽器がLRの外側に広がって定位するようになります。特にオーケストラなどでは顕著で、コンサートの前から5列目ぐらいの席で聴いている感じが得られます。
ただし、この「入交セッティング」は良いことずくめではありません。まず、もしこの配置のまま、普通の5chソース(例えばSACDマルチ)をNative再生すると、普通の5chソースはサラウンドSPの位置として110度を標準として制作されているので、録音エンジニアが意図した(Director’s intention)音像定位の位置より、左右に広がり過ぎる可能性が出ます。
このデメリットを避けるには、①5chソースをどうしてもNativeで(そのままで)再生したい場合は、サラウンドSPの位置を都度110度の位置に移動させる②5chソースを7ch化して再生する―の二つが考えられます。
前者はより原理主義的な方法ではありますが、スピーカーを移動させるというのはなかなかハードルが高いのではないでしょうか(ちなみに、私はキャスター付けてますが=汗)。後者の場合は、5chソースに含まれるサラウンドSPに振られている音響成分は、7chで再生する際にはサラウンドとサラウンドバックに均等に振り分けられるのが一般的なコーデックですので、この場合、figure7通りにサラウンドを90度に位置に、サラウンドバックを135度の位置に置いたとすると、112.5度の位置に「5chのサラウンド音」がVirtual定位するわけです(どうしてもITU定義の「110度」に拘りたい方は、サラウンドバックを「130度に置けばいい」ということになります)。ただしこの場合は厳密に言えば、サラウンドとサラウンドバックに同じSPを使う必要があります。
「入交セッティング」の現実的なもう一つの問題点は、この章のテーマである、「スピーカー配置と部屋の形状」に大きく関わります。つまり、サラウンドSPを90度に置くということは、距離補正(Delay)を使わないのであれば、LCRとの同心円状の距離に置く必要があるわけですから、かなりの距離が必要です。つまり、第二章で述べたような理想的な部屋、すなわち円か五角形か正方形(この場合は反射の問題あり)に近い形のオーディオルームが必要になります。もちろん、Delayを入れても構わないのであれば、これは何の問題でもないかもしれません(ただし、近すぎる場合はSPによっては「近接効果」が出ます=後述)。
結論的に言えば、Auro-3Dを音楽フォーマットとして考える場合は、一番肝心なのはフロントの上下6台であり、第一層は5ch(=11.1ch)でも7ch(=13.1ch)でもそんなに大差はありません(後述しますが、ATMOSとの共用を考えているのであれば、SBがあった方が確実に効果的なソフトが数多くあります)。ただし、5ch(=11.1ch)と7ch(=13.1ch)ではサラウンドSPの理想の配置位置が異なるので、その点は、ご自分が用意できるお部屋との兼ね合いで決定したらよいと思います。
最近のコメント